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35話 何も知らない者

last update Last Updated: 2025-02-18 19:56:00

 17時少し前に、イレーネを乗せた辻馬車がマイスター家に到着した。

「お客様、マイスター家に到着しました」

男性御者がイレーネに声をかけてきた。

「はい、どうもありがとうございま……」

そこまで言いかけて、ハタとイレーネは気付いた。

(そう言えば、つい先日貴族の御令嬢に言われたばかりだったわよね……)

イレーネの脳裏に赤い髪の女性……ブリジットの言葉が蘇る。

『ちょっと、ここはあなたのような身分の者が気安く出入りしていい場所じゃ無いわよ? 入るなら、せめて裏口からにしたらどうなの?』

(そうよね、私なんかが正面口から入ってはいけないわよね。現に昨日、このお屋敷を出るときもフードで顔を隠したくらいなのだから)

「あの、お客様……どうなさいましたか?」

考え事をして黙り込んでしまったイレーネに御者が遠慮がちに声をかけてきた。

「いえ、何でもありません。あの、恐れ入りますが馬車を裏口に回していただけますか?」

「裏口ですか? ええ、よろしいですよ。それでは裏口に周りますね」

男性御者は手綱を握りしめると、馬車の移動を始めた――

****

 マイスター家のフットマンとして働き始めて、ようやく1年を迎えようとしていたジャックは今とても忙しかった。

「全く……お使いから戻ってみれば、誰もいないんだからな……こんな一番忙しい夕方時だっていうのに。皆一体どこにいるんだよ」

ブツブツ文句を言いながら、ジャックは入り口にほど近い部屋で備品の整理をしていた。

「あ〜なんだ、この棚……ホコリが溜まっているなぁ。これじゃ片付けられないじゃないか」

その時――

「あの〜……すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

女性の声が聞こえてきたのでジャックは部屋を出た。すると入り口の前で立っている一人の女性が目に入った。

その女性とは……イレーネである。

「え〜と……、どちら様です?」

ジャックに尋ねられたイレーネは少しだけ悩んだ。

(そう言えば、この屋敷の人たちに私のことは話してあるのかしら……万一の為に、あまり詳しい話はしないほうが良いかもしれないわね)

そこで、簡単な自己紹介をすることにした。

「はい、私は本日よりこちらでお世話になることになりましたイレーネと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「イレーネ……?」

見たこともない女性を見て、首を傾げるジャック。

(う〜ん……見たところ
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  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   98話 メイド長からのアドバイス

    「イレーネ……一体どういうことなのだ? 俺よりもブリジット嬢を優先して応接室で話をしているなんて……」ルシアンはペンを握りしめながら、書類を眺めている。勿論、眺めているだけで内容など少しも頭に入ってはいないのだが。「落ち着いて下さい。ブリジット様に嫉妬している気持ちは分かりますが……」リカルドの言葉にルシアンは抗議する。「誰が嫉妬だ? 俺は嫉妬なんかしていない。イレーネが、いやな目に遭わされていないか気になるだけだ。ブリジット嬢は……その、気が強いからな……」「イレーネ様がブリジット様如きにひるまれると思ってらっしゃいますか?」「確かにイレーネは何事にも動じない、強靭な精神力を持っているな……」リカルドの言葉に同意するルシアン。「イレーネ様は良く言えばおおらか、悪く言えば図太い神経をお持ちの方です。その様なお方がブリジット様に負けるはずなどありません」メイド長が胸を張って言い切る。「た、確かにそうだな……」この3人、イレーネとブリジットに少々失礼な物言いをしていることに気づいてはいない。「だいたい、ブリジット様の対応を出来るのはこのお屋敷ではイレーネ様しかいらっしゃらないと思いますよ?」「ええ、私もそう思います、ルシアン様。本当にイレーネ様は頼りになるお方です」メイド長は笑顔で答える。「確かにそうだな……。だが、一体2人でどんな話をしていたのだろう……?」首をひねるルシアンにメイド長が忠告する。「リカルド様、女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います。そして自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです。聞き上手な男性は、とにかく女性に好かれます」「え? そうなのか?」「はい、そうです。詮索好きな男性は女性から好ましく思われません。はっきり言って好感度が下がってしまいます。逆に自分の話を良く聞いてくれる男性に女性は惹かれるのです」「わ、分かった……女性同士の会話には首を突っ込まないようにしよう。好感度を下げるわけにはいかないからな。そして女性の話を良く聞くのだな? 心得た」真面目なルシアンはメイド長の言葉をそのまんま真に受ける。イレーネとの関係が契約で結ばれているので、好感度など関係ないことをすっかり忘れているのであった。「では、私はこの辺で失礼致します。まだ仕事が残っておりま

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   97話 ブリジットからの誘い

     イレーネとブリジットは2人でお茶を飲みながら応接室で話をしていた。「それにしても絵葉書を貰った時には驚いたわ。まさかルシアン様のお祖父様が暮らしているお城に滞在していたなんて」「驚かせて申し訳ございません。ですが、お友達になって下さいとお願いしておきながら自分の今居る滞在先をお伝えしておかないのは失礼かと思いましたので」ニコニコしながら答えるイレーネ。「ま、まぁそこまで丁寧に挨拶されるとは思わなかったわ。あなたって意外と礼儀正しいのね。それで? 『ヴァルト』は楽しかったのかしら?」「ええ、とても楽しかったです。とても自然が美しい場所ですし、情緒ある町並みも素敵でした。おしゃれな喫茶店も多く、是非ブリジット様とご一緒してみたいと思いました」「あら? 私のことを思い出してくれたのね?」ブリジットはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。「ええ、勿論です。何しろブリジット様は素敵な洋品店に連れて行っていただいた恩人ですから」「そ、そうかしら? あなったて中々人を見る目があるわね。今日ここへ来たのは他でもないわ。実は偶然にもオペラのチケットが3枚手に入ったのよ。開催日は3か月後なのだけど、世界的に有名な歌姫が出演しているのよ。彼女の登場するオペラは大人気で半年先までチケットが手に入らないと言われているくらいなの」ブリジットがテーブルの上にチケットを置いた。「まぁ! オペラですか!? 凄いですわね! チケット拝見させていただいてもよろしいですか?」片田舎育ち、ましてや貧しい暮らしをしていたイレーネは当然オペラなど鑑賞したことはない。「ええ、いいわよ」「では失礼いたします」イレーネはチケットを手に取り、まじまじと見つめる。「『令嬢ヴィオレッタと侯爵の秘密』というオペラですか……何だか題名だけでもドキドキしてきますね」「ええ。恋愛要素がたっぷりのオペラなのよ。女性たちに大人気な小説をオペラにしたのだから、滅多なことでは手に入れられない貴重なチケットなの。これも私の家が名家だから手に入ったようなものよ」自慢気に語るブリジット。「流石は名門の御令嬢ですね」イレーネは心底感心する。「ええ、それでなのだけど……イレーネさん、一緒にこのオペラに行かない? 友人のアメリアと3人で。そのために、今日はここへ伺ったのよ」「え? 本当ですか!? ありが

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   96話 優先事項は

    「一体どういうことなのだ? ブリジット嬢には手紙を出しているのに、俺に手紙をよこさないとは……」「ああ、イレーネさん。イレーネさんにとっては、私たちよりも友情の方が大切なのでしょうか? この私がこんなにも心配しておりますのに……」ルシアンとリカルドは互いにブツブツ呟きあっている。「あ、あの〜……それでブリジット様はいかが致しましょうか? イレーネ様は今どうなっているのだと尋ねられて、強引に上がり込んでしまっているのですけど……やむを得ず、今応接室でお待ちいただいております」オロオロしながらフットマンが状況を告げる。「何ですって! 屋敷にあげてしまったのですか!?」「何故彼女をあげてしまうんだ!!」リカルドとルシアンの両方から責められるフットマン。「そ、そんなこと仰られても、私の一存でブリジット様を追い返せるはず無いではありませんか! あの方は由緒正しい伯爵家の御令嬢なのですよ!?」半分涙目になり、弁明に走るフットマン。「むぅ……言われてみれば当然だな……よし、こうなったら仕方がない。リカルド、お前がブリジット嬢の対応にあたれ」「ええ!? 何故私が!? いやですよ!」首をブンブン振るリカルド。「即答するな! 少しくらい躊躇したらどうなのだ!?」「勘弁してくださいよ。私だってブリジット様が苦手なのですよ!?」「とにかく、我々ではブリジット様は手に負えません。メイドたちも困り果てております。ルシアン様かリカルド様を出すように言っておられるのですよ!」言い合う2人に、オロオロするフットマン。「「う……」」ブリジットに名指しされたと聞かされ、ルシアンとリカルドは同時に呻く。「リカルド……」ルシアンは恨めしそうな目でリカルドを見る。「仕方ありませんね……分かりました。私が対応を……」リカルドが言いかけたとき――「ルシアン様! ご報告があります!!」突然、メイド長が開け放たれた書斎に慌てた様子で飛び込んできた。「今度は何だ? 揉め事なら、もう勘弁してくれ。ただでさえ頭を悩ませているのに」頭を抱えながらメイド長に尋ねるルシアン。「いいえ、揉め事なのではありません。お喜び下さい! イレーネ様がお戻りになられたのですよ!」「何だって! イレーネが!?」ルシアンが席を立つ。「本当ですか!?」リカルドの顔には笑みが浮かぶ。「

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   95話 寂しがる人、待つ人々

     ゲオルグがマイスター伯爵に怒鳴られ、逃げるように城を去っていった翌日――イレーネは馬車の前に立っていた。「……本当にもう帰ってしまうのか? 寂しくなるのぉ……」外までイレーネを見送りに出ていた伯爵が残念そうにしている。「そう仰っていただけるなんて嬉しいです。けれど、お城の見学も十分させていただきましたし何よりルシアン様が待っているでしょうから。恐らく今頃私のことを心配していると思うのです」(きっとルシアン様は私が伯爵様と良い関係を築けているか心配しているはず。ゲオルグ様と伯爵様の会話の内容も報告しないと)イレーネは使命感に燃えていた。しかし、内情を知らないマイスター伯爵は彼女の本当の胸の内を知らない。「なるほど、そうか。2人の関係は良好ということの証だな。ルシアンもきっと、今頃イレーネ嬢の不在で寂しく思っているに違いない。なら、早く顔を見せてあげることだな」「はい。早くルシアン様の元に戻って、安心させてあげたいのです」勿論、これはイレーネの本心。何しろ、ルシアンを次期当主にさせる為の契約を結んでいるのだから。「何と! そこまで2人は思い合っていたのか……これは引き止めて悪いことをしたかな? だが、この様子なら安心だ。ルシアンもようやく目が覚めたのだろう。どうかこれからもルシアンのことをよろしく頼む」伯爵は笑顔でイレーネの肩をポンポンと叩く。「ええ、お任せ下さい。伯爵様。自分の役割は心得ておりますので。それではそろそろ失礼いたしますね」イレーネは丁寧に挨拶すると、伯爵に見送られて城を後にした――****一方その頃「デリア」では――「……またか……」手紙の束を前に、ルシアンがため息をつく。「また、イレーネさんからのお手紙を探しておられたのですか? ルシアン様」紅茶を淹れていたリカルドが声をかける。「い、いや! 違うぞ! と、取引先の会社からの報告書を探していたところだ!」バサバサと手紙の束を片付けるルシアン。その様子を見たリカルドが肩をすくめる。「全くルシアン様は素直になれない方ですね。正直にイレーネさんの手紙を待っていると仰っしゃればよいではありませんか? ……本当に、何故伯爵様はイレーネさんのことを教えてくださらないのでしょう……」その言葉にルシアンは反応する。「リカルド、お前まさかまた……祖父に電話を入れたのか?

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   94話 出ていけ!!

    書斎ではマイスター家の現当主、ジェームズ伯爵の声が響き渡っていた。「何!? 何故ゲオルグとイレーネ嬢が一緒にやってきたのだ!?」イレーネがゲオルグと共に現れたことで伯爵の驚きは隠せない。「ええ、お祖父様に会う前に『クライン』城に行っていたのですよ」肩をすくめて答えるゲオルグ。『クライン』城とは、先程イレーネとゲオルグが出会った城のことだ。「そうだったのか? だが何故、すぐにこの城に来なかったのだ? お前の為に今日は予定を空けていたのだぞ?」どこか非難めいた眼差しを送る伯爵。「申し訳ございません。実は今、新しい事業計画を立てておりまして自分の好きなあの城で構想を練っていたのですよ。お祖父様に提案するためにね」「また、くだらない事業計画では無いだろうな?」「ええ勿論です。今度こそお祖父様のお気に召すこと間違いないです」得意げにスーツのポケットから封筒を取り出すゲオルグ。一方のイレーネは先程から2人のやり取りを黙って見ていた。(お二人の話なのに、私この場にいて良いのかしら? それにしても意外だったわ。ゲオルグ様は伯爵の前では『お祖父様』と言うのね。私の前では『爺さん』と言っていたのに……)「分かった、ならその計画書とやらを出せ。一応見てやろうじゃないか」「ええ、是非御覧下さい。今度こそお祖父様の納得のいく事業だと思いますよ。確か跡継ぎになる条件には、『仕事で成功を収めた者』も含まれていましたよね?」ゲオルグはチラリとイレーネを見る。「ああ、確かにそう言ったな。跡継ぎ候補は平等に扱わなければならないから……ん? な、何だ……この事業計画書は……」伯爵の肩がブルブル震え始めた。「ええ、どうです? 素晴らしい計画書でしょう? これでマイスター伯爵家も、益々発展していくに間違いないですよ」自慢気に胸をそらすゲオルグ。しかし、得意になっている彼は気づいていない。伯爵が震えているのは怒りのためによるものだということを。「あの、伯爵様。どうされましたか?」異変に気づいたイレーネが声をかけると、伯爵は顔を上げた。「ゲオルグ……お前、この事業計画……本気で言っているのか?」怒りを抑えながら尋ねる伯爵。「ええ、勿論です。本気も本気ですよ。何しろ、次期当主の座がかかっているのですからね」すると……。「ふ……ふざけるなーっ!!」伯爵が大声

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